概要 / 久米至聖廟と政教分離

 久米至聖廟(久米村(クニンダ) 参照)をめぐっては、政教分離に関する違憲訴訟が争われています。
 原告は金城テルさんで、被告を那覇市と那覇市長とする住民訴訟です。
 訴えの内容は、那覇市が久米至聖廟用地として公園を無償で貸しているのは政教分離原則に違反するというもので、差戻し審で原告が勝訴し、差戻し控訴審の判決に対し、双方が上告したため、最高裁で争われることになりました(那覇市と女性側 判決不服で上告/久米至聖廟訴訟)。
 陳述書によると、金城テルさんの経歴は次のようになっています。90歳を超えた現在でも、チャンネル桜で元気な姿を見せています。
1928年 奄美大島で生まれる
1948年 沖縄の美里村で結婚
1949年 那覇市内に引っ越して暮らし始め、専業 主婦として8人の子供を育てる
1967年 那覇市の立法院前で「教公二法阻止闘争事件」が起こる
「子供を守る父母の会」を立ち上げ、その事務局長として、日教組に反対する運動を始める
1972年 「はなぞの保育園」を設立し、初代園長を4年間務める
1982年 「沖縄婦人平和懇話会」を組織するなど、多く の保守系の市民活動に関わる
2016年 3年前からネ ットTVチャンネル桜の沖縄支局で水曜と金曜の番組キャスターを務める
 原告は次の5つの請求について訴えを提起しました。@は却下が確定し、BCDは途中で訴えを取り下げたため、Aの請求だけが残りました。なお、住民訴訟で請求できるのは、次の4つの類型だけです(行政書士の通信講座【行書塾】住民訴訟)。「差止めの請求」「取消し又は無効確認の請求」「違法確認の請求」「損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関に対して求める請求」
@ 設置許可の取消を那覇市に請求
A 当時の翁長雄志・那覇市長が、2014年4月1日から7月24日までの使用料181万7063円を久米崇聖会に請求しないことの違法確認
B 「当時の翁長雄志・那覇市長、および久米崇聖会に対し、@の損害賠償等を請求せよ」との那覇市長に対する請求
C 城間幹子・那覇市長が、2014年7月25日から2015年4月1日までの使用料の徴収を怠ることの違法確認
D 「当時の翁長雄志・那覇市長と現在の城間幹子・那覇市長、および久米崇聖会に対し、Cの損害賠償等を請求せよ」との那覇市長に対する請求
 行政書士の通信講座【行書塾】住民訴訟によると、住民監査請求と住民訴訟の関係は次のようになっています。

 翁長市政を糺す・那覇市住民訴訟 ━原告サイト━に掲載された判決文を参考に、訴訟の経緯をまとめてみました。却下は、手続きの不備があるため本案の判断を行わず、請求を退けること、いわゆる門前払いです。
2014年3月28日 当時の翁長雄志・那覇市長が松山公園の敷地内に久米至聖廟を設置することを許可し(期間は2014年4月1日〜2017年3月31日)、その使用料を全額免除 
2014年7月24日 原告が住民監査請求を行う(請求@AB関連)
8月28日、監査委員が請求を棄却(設置許可は財務会計行為に当たらない、使用料免除は監査請求の対象としていないと判断)
2014年9月30日 上記住民監査請求に基づき訴訟を提起(17号事件) 
2015年4月24日 原告が住民監査請求を行う(請求CD関連)
6月5日、監査委員が請求を却下(監査請求が免除から1年が経過してなされたと判断)
2015年6月15日 上記住民監査請求に基づき訴訟を提起(13号事件)
2016年11月29日 那覇地裁(原審)が、17号事件と13号事件のすべての訴えを却下する判決
(監査委員の判断を認め、設置許可は財務会計行為に当たらないし、違法確認等は住民監査請求を経ていないから訴えは不適法と判断)
2017年6月15日 福岡高裁那覇支部(控訴審)が一部破棄差戻し判決
ABについては差し戻し
(原審の却下の判断を取り消す、「直接記載していないものの、本件監査請求において、違法な本件免除をも監査請求の対象としたものと解することができる」)
@については控訴棄却
(原審の却下の判断を認める)
CDについては原告が訴えを取り下げ
2018年4月13日 那覇地裁(差戻し原審)がAを認容する判決
(政教分離原則に違反することを認める)
原告がBの訴えを取り下げ
2019年4月18日 福岡高裁那覇支部(差戻し控訴審がAを一部認容に変更する判決(使用料の一部免除は許容されるとの判断)
2019年5月 双方が上告
2021年2月24日 最高裁が高裁判決を破棄し、地裁のAを認容する判決が確定
 差戻し原審の判決主文は次のような内容です。
「那覇市長が、久米崇聖会に2014年4月1日から7月24日までの間の松山公園の使用料181万7063円を請求しないことが違法であることを確認する」
 差戻し控訴審では、それを次のように変更しました。使用料の金額を抹消しています。
「那覇市長が、久米崇聖会に2014年4月1日から7月24日までの間の松山公園の使用料を請求しないことが違法であることを確認する」
 差戻し控訴審では、変更の理由について、大体次のように述べています。
 @施設全体としては歴史・文化の保存や観光振興の側面もあるA明倫堂は宗教性に乏しいB施設には公園利用者用のトイレも含まれる、ことから使用料の一部免除も条例上可能である。したがって、181万7063円全額を徴収しないことが直ちに違法となるわけではない。
 つまり、@ABを差し引いた使用料を請求すればよく、その額は那覇市の裁量により決めることであると言うことになります。この差戻し控訴審の判断が破棄されましたから、一部免除は認められないことになります。
 これを受け、那覇市は、「今後、施設や催事の在り方等、久米崇聖会と調整を図るとともに使用料に係る債権についても請求を行うことで、政教分離原則の違反解消に取り組んでまいります」というコメントを出しました(久米至聖廟裁判の最高裁判決を受けた今後の対応について)。
 
ターゲットは故・翁長知事?
 久米至聖廟をめぐる住民訴訟の原告側サイトとして、翁長市政を糺す・那覇市住民訴訟 ━原告サイト━があります。サイトに登場する関係者および組織、団体は次のとおりです。
・金城テル:久米至聖廟をめぐる住民訴訟の原告
・徳永真一:久米至聖廟をめぐる住民訴訟の訴訟代理人
チャンネル桜 沖縄の声
・板谷清隆:那覇市障害者福祉センターをめぐる住民訴訟の原告
・岩原義則:久米至聖廟をめぐる住民訴訟の訴訟代理人
・照屋一人:久米至聖廟をめぐる住民訴訟の訴訟代理人
・上原千可子:久米至聖廟をめぐる住民訴訟の訴訟代理人
・おもろまち1丁目住環境を考える会 
 徳永弁護士は、大阪弁護士会所属で靖国神社参拝訴訟では靖国神社を支援する代理人を務めたということです(弁護士徳永信一 「靖国神社参拝問題」や「台湾人日本兵戦後補償請求訴訟」を語る!)。
 板谷清隆さんについては、いろいろ噂があるようですが、メージャーなサイトでは情報が見つかりません。
 岩原弁護士は、大阪弁護士会所属のようです。
 照屋弁護士は、沖縄で活動しているようです。
 上原弁護士については、情報は見つかりませんでした。
 おもろまち1丁目住環境を考える会は、10年前までは活動していたようですが、久米至聖廟をめぐる住民訴訟とは特に関係はないようです。
 結局、金城テルさんの住民訴訟を、主に徳永弁護士とチャンネル桜が支援しているようです。
 この原告側サイトは、「翁長市政を糺す」と謳っています。しかし、この訴訟が継続しているときには、翁長氏はすでに沖縄県知事になっていたのではないかという疑問が生じました。
 そこで、 選挙ドットコムのデータを参考に近年の那覇市長選の流れを整理してみました。 
2000年     
翁長 雄志 前県議  自民・公明  73,578 票
堀川 美智子 前那覇市健康福祉部長 共産・社民・社大・民主 66,362 票
2004年     
翁長 雄志 前市長 自民・公明 75,292 票
高里 鈴代 市議会副議長 共産・社民・社大・民主 55,827 票
2008年   
翁長 雄志 前市長 自民・公明 70,071 票
平良 長政 元県議 共産・社民・社大・民主 54,966 票
2012年   
翁長 雄志 前市長 自民・公明 72,475 票
村山 純 共産党中央委員 共産・社民・社大 20,783 票
2014年   
城間 幹子 前副市長 オール沖縄 101,052 票
与世田 兼稔 前副知事 自民・公明 57,768 票
2018年   
城間 幹子 前市長 オール沖縄 79,677 票
翁長 政俊 前県議 自民・公明 42,446 票
2022年   
知念 覚 前副市長 自民・公明 64,165 票
翁長 雄治 前県議 オール沖縄 54,125 票
 那覇市では、1968年から32年間に渡って、平良良松 (たいらりょうしょう、1968-84)市長と親泊康晴(おやどまりこうせい、1984-2000)市長の革新市長が続いていました(歴代市長・副市長)。2000年の選挙は、自民と公明が協定したことにより、自民・公明と革新中道陣営の対立となり、自民党前県議の翁長雄志(おながたけし)氏が接戦を制し当選しました。翁長氏はそれ以来4選を果たしましたが、安定した戦いを続け、4選目の2012年の選挙は無風に近い状態でした。
 ところが、4期目途中の2014年、市長の職を辞し、オール沖縄(保守の一部と革新中道陣営が共闘)の支持を受けて、県知事選に立候補し、現職の仲井真弘多氏(自民・次世代推薦、公明は自主投票)、新人の下地幹郎氏を破り当選しました。
 なお、翁長市長の辞職に伴い行われた市長選では、オール沖縄が推す城間氏が圧勝、2期目も圧勝しました。2022年の那覇市長選では、城間氏は自公の推す知念氏の支持を表明し、オール沖縄の推す翁長氏は1万票差で敗れました。
 ところで、保守系の翁長氏が、保守系の現職知事に挑んだ背景には、仲井真知事の公約違反があります。一連の経緯をまとめると次のようになります。
2010年 県知事選で、仲井真氏は普天間飛行場について県外移設を公約に掲げる 
2013年末 仲井真知事が一転、辺野古埋め立てを承認
2014年1月 県議会で「仲井真弘多知事の辞任求める決議」が可決
2014年6月 那覇市議会の最大会派、自民党新風会が翁長氏に秋の知事選への出馬を要請
  革新・中道の県政野党政党も候補者を翁長氏に一本化
2014年7月 翁長氏が出馬の意向を固める
2014年9月 翁長氏が出馬表明
 2010年の県知事選で、仲井真氏は普天間飛行場について県外移設を公約に掲げましたが(試される「県外移設」 主張一転の仲井真氏)、一転、2013年末に辺野古埋め立てを承認します。これに反発したのが翁長氏で、保守陣営に亀裂が入りました(沖縄知事選挙 翁長氏圧勝の深層)。2014年1月には、県議会で「仲井真弘多知事の辞任求める決議」が可決されました(県議会、「仲井真弘多知事の辞任求める決議」を可決)。6月には、那覇市議会の最大会派、自民党新風会が翁長氏に秋の知事選への出馬を要請しました(県知事選、翁長氏にきょう出馬要請 自民那覇市議団)。革新・中道の県政野党政党も候補者を翁長氏に一本化し、7月には翁長氏が出馬の意向を固めました(翁長氏、9月初め沖縄県知事選出馬表明)。
 以上の動きを重ね合わせると、「翁長市政を糺す」という原告側サイトは、@翁長市政14年間の最後になって突然、市政への攻撃を始めた、A知事選出馬への動きと住民監査請求や住民訴訟の動きが符合している、ことから、知事選がらみで攻撃のターゲットを翁長氏個人に定めたという見方もできそうです。

県知事選でも自公協力は堅調だったが
 那覇市では、1968年以来32年間革新市政が続きましたが、沖縄県では、次のように2〜3期ごとに革新と保守の知事が交替していました(沖縄県歴代知事・副知事・出納長 )。
 屋良 朝苗(やら ちょうびょう)革新 2期(1968〜1976)
 平良 幸市(たいら こういち)革新 1期途中退任(1976〜1978)
 西銘 順治(にしめ じゅんじ)保守 3期(1978〜1990)
 大田 昌秀(おおた まさひで)革新 2期(1990〜1998)
 稲嶺 惠一(いなみね けいいち)保守 2期(1998〜2006)
 しかし、自民と公明が協定したことなどにより、1998年からは4期連続で保守系の知事が続いていました。那覇市長選と同様に県知事選でも、自公協力は堅調な成果を挙げていたといえます。ところが、仲井真知事の公約違反問題で、自公勢力内部に亀裂が入って流れが変わり、オール沖縄候補が連勝しています。
2002年   
稲嶺 惠一 前知事 自民・公明・保守  359,604 票
吉元 政矩 元副知事 社民・社大・自由  148,401 票
新垣 繁信 新人 共産 46,230 票
2006年
仲井眞 弘多 新人 自民・公明 347,303 票
糸数 慶子 前参議院議員 共産・社民・社大など 309,985 票
2010年 
仲井眞 弘多 前知事 自民・公明・みんな 335,708 票
伊波 洋一 前宜野湾市長 共産・社民・社大など 297,082 票
金城 竜郎 新人 幸福実現 13,116 票
2014年 
翁長 雄志 前那覇市長 オール沖縄 360,820 票
仲井 眞弘多 前知事 自民・次世代 261,076 票
下地 幹郎 元衆議院議員 そうぞう・維新 69,447 票
2018年 
玉城 デニー 前衆議院議員 オール沖縄 396,632 票
佐喜 眞淳 前宜野湾市長 自民・公明・維新・希望 316,458 票
2019年参議院選 
高良 鉄美 新人 オール沖縄 298,831 票
安里 繁信 新人 自民・公明・維新 234,928 票
2022年 
玉城 デニー 前知事 オール沖縄 339,767 票
佐喜 眞淳 元宜野湾市長 自民・公明 274,844 票
下地 幹郎 元衆議院議員   53,677 票
 参院選では、革新勢力が接戦を制していましたが、自公協力が成立してからは3年ごとに保革が交替で勝利を収めていました。糸数慶子さんは選挙に強い候補だったので自公勢力に対抗できていたと思われます(参院沖縄選挙区 これまでの選挙はどうだったのか振り返る)。しかし、ここでも仲井真知事の公約違反以降流れが変わり、オール沖縄が連勝しています。ただし、2022年の知事選は、実質的には保革接戦となったことや、那覇市長選でオール沖縄候補が1万票差で敗北したことを考えれば、オール沖縄は退潮傾向にあるようです。