宮古島 / サトウキビ
2024/2
 2021年の沖縄県のサトウキビの生産状況は次のとおりです(沖縄県における令和3年産さとうきびの生産状況について|農畜産業振興機構)。

 2020年の鹿児島県のサトウキビの生産状況は次のとおりです(鹿児島県における令和2年産さとうきびの生産状況および実績について|農畜産業振興機構)。

 国内でサトウキビを生産しているのは、沖縄と鹿児島だけです。沖縄が6割を占め、そのうち宮古島地区が45%ですから、日本最大の生産地域ということになります。次のグラフ(沖縄サトウキビ作の長期動態|農畜産業振興機構)が示すように、沖縄のサトウキビの生産は減少傾向にありますが、離島部での生産の落ち込みが緩やかなため、結果として、宮古島地区のシェアが拡大したといえそうです。逆から見れば、沖縄本島の方が農業経営の多角化が進んでいるとも言えます。

 鹿児島でサトウキビを生産しているのは、島嶼部の種子島と奄美諸島だけですから、現在日本のサトウキビの生産地域は、古琉球時代の琉球王国の支配地域とほぼ重なります。
 日本にサトウキビ栽培がもたらされた時期と場所(沖縄か奄美か)については諸説ありますが、1609年の薩摩の琉球侵攻以降であることではおおむね一致しています。この侵攻で奄美地区は薩摩により直接統治されることになり、黒糖の専売が薩摩藩に大きな利益をもたらした一方で、奄美地区の農民は黒糖地獄という厳しい生活を強いられることになります。なお、「薩英戦争に薩摩藩は勝利し、植民地化を免れ、明治維新をもたらすことができた。これを可能にしたのが、黒糖による莫大な利益による武力であった」という説もあります(黒糖の「6 次産業化」で豊かに─海外からの侵略を防衛した薩摩藩─)。
 琉球では、「首里王府の頃は、 自給食料生産への影響を避け、糖価の安定を図るために、さとうきびの生産は沖縄本島と伊江島の一部地域1,500haに限定され、 久米島・宮古・八重山地域での栽培は禁止されていた」(「宮古の自然と文化 」69ページ)ということです。
 「糖価の安定を図るため」とありますが、江戸時代は砂糖は高価な贅沢品だったはずで、作りすぎて値崩れするということは、有り得たのでしょうか。
 江戸時代の砂糖食文化|農畜産業振興機構によると、江戸時代の砂糖の値段は次のとおりだそうです。この程度の値段なら、庶民でも甘い和菓子を口にできたのではないかと思われます。
江戸時代半ばには……オランダ船による砂糖の輸入は年間500トンから1000トンに達し、唐船による輸入をあわせると1500トンから2000トンを超えるようになる。……元禄5年(1692)の京都における輸入白砂糖の小売価格は……現在の貨幣にして1キログラムあたり約1600円程度……高価とは言っても現在のおよそ10倍程度の値段であった。 
 ところで、江戸時代に輸入されたのは白砂糖が多く、奄美と沖縄で生産されていたのは黒糖(黒砂糖)です。サトウキビのしぼり汁に石灰を加えて固めたのが黒砂糖で、しぼり汁からショ糖を分離し精製したのが白砂糖です。白砂糖の方が作るのに手間がかかります。この過程を図示すると次のようになります(沖縄の黒糖産業、コロナ禍の苦境をバネに新しい市場を切り拓く|農畜産業振興機構)。

 白砂糖と違って、黒砂糖にはカビが発生することがあります(奄美や沖縄では当たり前だけど、本土の人はきっと知らない黒糖(黒砂糖)の豆知識。 | お知らせ - たべるとくらすと)。江戸時代は、現代と違って輸送に時間がかかり、冷蔵保存もできなかったので、黒砂糖の収穫期に出荷が集中すると、値崩れを起こす可能性があったのかもしれません。
 砂糖の歴史シリーズ「江戸時代」の砂糖事情A | 駒屋の平兵衞さんが紡ぐ砂糖物語によると、白砂糖と黒砂糖の比率は次のとおりだそうです。
長崎に輸入された砂糖の量は“和漢三才図会”(1713年成立)によると18世紀初めには年間白砂糖1500t、氷砂糖120t、黒糖450tで、このほか琉球450tの黒糖があるとなっており、合計2520tでした 
 ところで、現在の沖縄で黒糖を生産しているのは、小規模な離島8島だけです(沖縄を代表する特産品“沖縄黒糖” | 沖縄復帰50周年記念〜これまでの歩みと今〜 | 沖縄復帰50周年 | 内閣府)。その理由については次のように説明しています。
分蜜糖の安定供給は国民にとって必需品であるとの考え方から、国は製糖業や甘味資源作物(サトウキビやてん菜など)を守るため、海外からの砂糖の輸入に調整金を課して、国内の生産者に交付金として還元してきました。
 
このような背景から沖縄県内でも砂糖の生産は分蜜糖が中心になっていきましたが、国の交付を受けるためには一定以上の生産量などが条件として課せられていました。そのため、交付条件に満たなかった小規模8離島では引き続き黒糖生産が続けられていて、島の黒糖関連産業は沖縄振興の一環として支援されることとなりました。  
 しぼり汁からショ糖(粗糖、原料糖)を分離した後に残った液体が糖蜜で、アルコール発酵用、製パン用イースト、うま味調味料などに利用されています。戦後の糖蜜の使用料は拡大の一途をたどり、最盛期の1971年には年間使用量が139万トンにも達したのに対し、国産品の供給はわずか16万トン程度で、大半は輸入に頼っていました。しかし、現在では次のような理由で、糖蜜輸入量は20万トン前後まで落ち込み、国産品と合わせた全需要量も30万トン強となっています。(糖蜜|農畜産業振興機構)。
昭和40年代後半より環境規制の強化に伴う公害規制から、発酵工業は発酵廃液の処理に苦慮し、公害を伴わない原料への転換、または生産拠点の海外移設を図り、糖蜜への依存度は年々減少していった。……酒類は、平成7年に糖蜜からのアルコール発酵を中止し、代替原料として糖蜜、または穀類から作られる発酵粗留アルコールを海外から輸入して精留し、従来同様、日本酒、焼酎、またはウイスキーの原料として使用、また専売アルコールは工業用として、食品工業、医薬品業界等で使用されている。……アミノ酸関係は、うま味調味料、家畜飼料の添加剤であるリジン等の原料として使用していたが、主産拠点の海外移設等で海外から製品、半製品の輸入に切り替えが進み、今日での消費量は3万トン前後になった。 
 ところで、この糖蜜をめぐって、近年新たな動きが起こりました。地球温暖化対策としての、バイオマス活用推進です(バイオエタノール - 環境技術解説)。その一環として、環境省の委託を受け、宮古島市では2007年度から2011年度までエコ燃料実用化地域システム実証事業を実施しました。この事業の構想は次の図(エコ燃料実用化地域システム実証事業)ようになっています。

 まず、糖蜜を発酵させアルコール(植物由来のバイオエタノール)を抽出します。次に、そのエタノールを3%の割合でガソリンに混合します。そのガソリン(E3と呼ばれます)をガソリンスタンドで販売します。このエタノールは空気中の二酸化炭素を光合成して作られているので、燃やしても地球温暖化には影響を与えないという発想です。なぜ3%かというと、あまり比率を高めるとエンジンが故障する可能性があるからです(【エンジンが壊れる?】環境に優しいエタノール混合ガソリン )。
 この事業については、残渣液(発酵廃液)の処理の問題が指摘されていました(「エコアイランド」宮古島のジレンマ )。この問題が解決されたかどうかは不明ですが、いずれにしても事業そのものが2018年度で終了しています(バイオエタ事業化 今年度で実証事業終了)。
 環境省の委託を受けた実証事業は、2011年度で終了しましたが、市が製造施設の無償譲渡を受け、一括交付金を活用し、エタノール製造と残渣液を使った農業用液肥の製造、販売に取り組み、2014年度からE3の一般販売も行われるようになっていました。しかし、環境省が2016年度にE3事業の廃止を決定したため、宮古島市はバイオエタノールを学校給食調理場のボイラー燃料として活用する実証事業に着手していました。
 宮古島市の2017年度一般会計予算案審議では、「2012年度から2015年度までの事業費は約2億1600万円だが、売上(E3燃料や液肥)は約172万円で、今後も大幅な赤字は避けられない」との指摘もありました。(「大幅赤字避けられない」/バイオエタ実証事業)。
 環境省沖縄バイオ燃料事業成果・課題等報告書は、E3事業廃止の経緯を次のように説明しています。要するに、採算性が取れないというのが、廃止の理由のようです。
 平成28年度環境省行政事業レビュー公開プロセスにおいて、本事業が取りあげられ、「今のままでは自立商業化は困難と考えられるため、国の支援方法や採算性を含め検討すべき」等のコメントが取りまとめられ、「廃止」との評価結果が示された。このような状況を踏まえ、環境省の方針として、「本事業は平成28年度末までとし、平成29年4月からは原状回復及び本事業で得られた成果や課題の取りまとめを実施する」こととされた。
 そもそも、糖蜜による酒用アルコール(エタノール)製造は戦前から行われていたのであり、E3事業は、その酒用アルコールをガソリンに混ぜて燃料として使おうというものです。
 しかし、発酵工業は発酵廃液の処理に苦慮し、糖蜜からのアルコール発酵を中止したということですから、E3事業には、発酵廃液の処理という課題が残されていました。
 また、アルコールがガソリンより高いという問題もあります。アマゾン では、次のように業務用アルコール除菌剤を20L6,150円で販売しています。エタノール53.4%ですから、100%で換算すると、1Lあたり600円程度の計算となります。

 一方、ガソリン1Lはこの40年間、100円〜180円で推移しています(ガソリン価格推移(1966年〜2023年)と世界情勢の動向 | 車査定攻略ネット)。

 そもそも、ガソリン自動車消滅は時代の流れですから、バイオエタノールやE3がどうのと言ってみたところで、意味がなかった気がします。